意見書「『不審船』事件と日朝国交交渉の必要性」





      2002年3月7日      和田 春樹

まえがき
 昨年末に東シナ海で発生した「不審船」事件はその事柄の内容自体、きわめて重大な事件であり、かつ当該船の国籍についての確認は最終的になされていないものの、一般にこれが北朝鮮の工作船と見られているという状況からして、日朝関係に関心を持つ者として黙過することのできない事件である。ここに所見を表明し、各界のご検討を仰ぐものである。

1 「不審船」事件の概要
 本年1月10日、衆議院国土交通委員会で事件の検討が行われた。その際なされた扇千景国土交通大臣の報告「九州南西海域不審船事案について」、縄野克彦海上保安庁長官の答弁、および海上保安庁のホームページなどを総合すると、事件の経過は次の通りであった。
 @2001年12月21日、16時半ごろ、奄美大島の北北西約150キロの海域において、海上自衛隊P3C機が漁船らしき船舶を視認し、念のために17時すぎに同海域にもどり、再視認し、写真撮影をして、鹿屋基地に帰投した。同基地から写真は20時に海上幕僚監部に電送をはじめたが、不鮮明な写真を送るために時間をかけた結果、23時に電送が完了した。海幕でこの写真を検討した結果、22日午前零時半ごろ、1999年3月能登半島沖で確認された不審船と同様な船舶である可能性が高いとの判断にいたった。防衛庁は官邸及び内閣官房に報告を開始するとともに、当時当該海域を飛行していたP3Cより当該船舶の位置確認の情報を入手の上、1時10分ごろ、「奄美大島より230キロの海域で不審な船舶一隻が航行中」と海上保安庁に連絡したものである。
 A海上自衛隊機が通報した地点は、北緯29度33分、東経127度25分、奄美大島大山埼灯台から309度、約230キロの地点であるが、これは12海里、約22キロの日本の領海の外の公海上であり、最大限200海里、370キロを主張しうる日本の排他的経済水域のうちに含まれていた。当該船の進行方向は北北西に向かっていた。海上保安庁は、防衛庁からの情報を入手後、直ちに巡視船艇、航空機並びに特殊警備隊に発動を指示し、2時5分に海上保安庁警備救難部長を室長とする「九州南西海域不審船対策室」を設置した。
 B海上保安庁航空機は午前6時20分、奄美大島より240キロの地点でこの船をはじめて確認した。12時48分、最初の巡視船いなさが現場に到着した。この段階で12時50分、海上保安庁長官を本部長とする「九州南西海域不審船対策本部」が設置された。
 C上記本部の指示により、該船に対する停船命令が巡視船いなさと航空機より13時12分に出された。このときの該船の位置は発表されていないが、奄美大島大山埼灯台からはすでに300キロ離れていたと推定できる。
 D朝日新聞2002年1月22日号の報道によれば、縄野長官は14時15分、第10管区海上保安本部に、上空、海面、船体への射撃を現場の判断で実施できるように、一括して承認した。
 E第10管区海上保安本部の命令で、巡視船いなさが射撃警告を開始したのは、14時22分である。同36分、いなさは20ミリ機関砲で上空および海面に向けての威嚇射撃を開始した。
 F「なおも当該船舶は逃走を続け、停船する気配を見せなかったため、16時13分から、人に危害を与えない範囲で威嚇のための船体射撃を実施しました。」(扇国土交通大臣報告)これは巡視船いなさが20ミリ機関砲によりおこなったものである。ひきつづき16時58分、巡視船みずきが20ミリ機関砲で船体射撃をおこなった。17時24分、当該船は火災をおこしたが、27分後に鎮火した。17時53分、該船は逃走を再開し、以後停船と逃走をくりかえした。船体射撃がおこなわれたのは、該船が日本の排他的経済水域を出て、中国の排他的経済水域に入った以後のことである。
 G18時52分、巡視船きりしまが同船に接舷を試みた。この時の状況は説明されていない。
 H21時35分、巡視船みずきが20ミリ機関砲で船体射撃をおこなったところ、該船は停止した。同37分、該船は逃走を開始した。22時、巡視船あまみ、きりしまが該船を挟撃し、接舷を開始した。
 I22時9分に該船から発砲がなされ、巡視船あまみ、きりしま、いなさが被弾した。さらにロケット弾様のもの2発が発射された。これに対して巡視船あまみ、いなさが該船に対して射撃を実施した。22時11分、該船で爆発があり、同13分、該船は沈没した。沈没した同船より乗組員が海中に漂っているのを15名と確認したが、救助はできず、救命具を投げるだけに終わった。のちに2名の水死体を回収している。のこり13名は行方不明である。該船からの銃撃をうけた巡視船の側では、海上保安官3名が負傷した。 以上が事件の内容である。

2 「不審船」に対する海上保安庁の対処の法律的根拠
 以上のような不審船に対する海上保安庁の対処の法律的根拠はどこにあるのか。1月10日の衆議院国土交通委員会での縄野長官の答弁を整理しながら、考えてみよう。
 昨年の10月3日に海上保安庁法は一部改正され、第20条に「海上保安官及び海上保安官補の武器の使用については、警察官職務執行法・・第7条を準用する」とあったところに、次のような新しい一項が補足された。
 「船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜず・・・逃亡しようとする場合において、海上保安庁長官が当該船舶の外観、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他周囲の事情及びこれに関連する情報から合理的に判断して、次の各号のすべてに該当する事態であると認めたときは、・・・船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的と判断される限度において武器を使用することができる。
 一 当該船が外国船舶・・・と思料される船舶であって、かつ、・・・無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行っていると認められること。
 二 当該航行を放置すればこれが将来において繰り返し行われる蓋然性があると認められること。
 三 当該航行が我が国の領海内において死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮に当たる凶悪な犯罪(以下重大凶悪犯罪という)を犯すのに必要な準備のため行われているのではないかとの疑いを払拭することができないと認められること。
 四 当該船舶の進行を停止させて立入検査をすることにより知り得べき情報に基づいて適確な措置を尽くすのでなければ将来における重大凶悪犯罪の発生を未然に防止することができないと認められること。」
 改正の要点は一から四までのすべての項目に該当する船については、停止させるため無制限で武器を使用できるというところにある。しかし、この新規定は領海内を航行している外国船を対象とする規定であるので、このたびの「不審船」には適用されないのである。
 公海に関する条約(1958年4月29日調印)第22条によれば、公海において外国商船に遭遇した軍艦は、a)海賊行為を行っているか、b)奴隷取引に従事しているか、c)外国船であると主張するか、国籍を示さないかにかかわらず、軍艦と同じ国籍を有する場合に、臨検を行うことができる。しかし、該船は海賊船でもなければ、奴隷船でもない外国船である以上、この規定を準用することはできない。
 そこで、縄野長官によれば、公海上、日本の排他的経済水域内を西に向けて航行中の「不審船」に対して巡視船・航空機より追跡し、停船命令を出したことの法律的根拠は、@海洋法に関する国際連合条約56条の1、A排他的経済水域(EEZ)及び大陸棚に関する法律3条の1、B排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律5条の1などにより、排他的経済水域で外国船が許可なくして漁業活動を行うことは禁じられているということに求められた。排他的経済水域で漁業をしているのではないかという疑いにもとづく検査のための停船要求であり、具体的にはC漁業法74条の3の「漁業監督官又は漁業監督吏員は、必要があると認めるときは、漁場、船舶、事業場、事務所、倉庫等に臨んでその状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査し、又は関係者に対し質問をすることができる」が適用されたのである。
 国土交通大臣の報告にも明らかなように、海上自衛隊も、海上保安庁も最初から99年3月の能登半島沖に現れた「不審船」、すなわち北朝鮮の工作船とみており、密漁船とはみていない。領海の外の公海にいる北朝鮮の工作船を、排他的経済水域に入った密漁船とみなして、停船を命じ、追跡したのである。
 この点については、1月10日の国土交通委員会で、民主党前原誠司議員が「かなり別件逮捕的な部分がある」と指摘しているのは正当である。。縄野長官自身、領海外の排他的経済水域では外国船舶が麻薬を積んでいても、それを取り締まり、検挙することは困難であると認めている。海洋法に関する国際連合条約によれば、公海上では麻薬取引の取り締まりを行えるのは自国船である場合のみである(108条)。したがって、委員会で、不審船が「漁船の格好をしていなかった場合」、検査できるのか、という質問が出たのは当然である。これに対して縄野長官は、「形はどうであれ漁業法の違反をしている疑いをもたれるような船舶であれば」検査を求めることが出来ると答えている。
 漁船ではなく不審船だと疑うからこそ追跡し、立入検査を求めているのに、それをやれる根拠は漁船で、不法な漁獲をおこなっているという疑いだというのでは、法律の適用としては疑問が生ぜざるをえない。このたびの停船命令、追跡は超法規的な行動であったという疑いが存在する。
 次に武器の使用の法的根拠であるが、すでにみたように海上保安庁法の改正条項は適用できない。そこで、海上保安庁法20条の1によって、警察官職務執行法の7条によるのである。この第7条は以下の通りである。
 「(武器の使用)第七条 警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の阻止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法・・・第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
 一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁固にあたる凶悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき・・・、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警官において信ずるに足りる相当な理由がある場合
 二 逮捕状により逮捕する際・・・その本人がその者に対する警察官の職務の志向に抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき・・・、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警官において信ずるに足りる相当な理由がある場合」
 武器を使用できるのは、犯人の逮捕、逃走の防止、公務執行に対する抵抗の阻止のためである。ところで、本事件の場合、公海を通航している船にどれほどの疑惑をいだくにせよ、密漁業していない以上、犯罪の事実は停船命令に従わなかったという罪だけである。それだけで、公海上の外国船に対して威嚇射撃ができるものであろうか。この点も議論をよぶ点であろう。
 だが、この規定からすれば、船の沈没を起こしかねない船体射撃を行うことは到底無理であるように思われる。船の前方にエンジンがあることがわかったので、そこをねらって射撃をしたといわれ、人に危害を与えないように注意したと説明されているが、20ミリ機関砲で船体射撃をすれば、浸水して沈没にいたる可能性があり、沈没すれば、冬の海で乗組員はすぐに死亡するおそれがある。だから、船体射撃は「人に危害を与え」る武器の使用である。警職法の規定からすれば、人に危害を与える武器の使用は、凶悪犯罪を犯したと疑うに足りる充分な理由がある者の逃亡を阻止するために限られているのである。
 しかも、船体射撃がはじまったのは、該船が日本の排他的経済水域を出て、中国の排他的経済水域に入ったあとのことである。追跡権については、海洋法条約111条に「外国船舶が自国の法令に違反したと信ずるに足りる十分な理由があるときは、当該外国船の追跡を行うことができる」という定めがあり、同2項で、これが排他的経済水域での法令違反にも適用されることになっているが、不許可漁業という法令違反がない場合には追跡自体が問題となり、外国の排他的経済水域に入ってまで「人に危害を与える」武器の使用をおこなうことが正当化されるとは考えにくい。
 このたびの海上保安庁の行動は法の定める範囲を逸脱しているのではないかという重大な疑問が存在すると認めざるをえない。

3 「不審船」事件に対する日本政府の態度
 このたびの日本の当局の対処は、事柄の性格上、どのような政治的な判断、政治的決定に基づいて行われたかという点にも、大きな問題がある。
 1999年3月23日の能登半島沖の日本領海内に日本漁船を装って出現した二隻の「不審船」に対する追跡し、これを拿捕することができなかった事件のさい、日本政府のそれまでにない政策判断が示された。海上保安庁の巡視船が領海の外へ逃げる「不審船」を追跡し、船尾に向けた威嚇射撃をこころみたが、高速の「不審船」は北上を続けた。このため、日本政府は持ち回り閣議で、防衛庁長官が自衛隊法82条に基づく「海上警備行動」を海上自衛隊に命ずることを認めた。3月24日午前0時50分に野呂田防衛庁長官により「海上警備行動」が発令され、護衛艦が出動し、25回にわたり警告射撃をおこない、海上自衛隊哨戒機からも150キロ爆弾12発を投下したが、該船は24日早朝までに日本の防空識別圏の外に出たため、追跡を断念したものである。
 事件後政府は、6月4日関係閣僚会議において「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」を了承し、事後的になされたことを再確認した。「不審船」に対する対応は海上保安庁が対処し、これが不可能、困難と認められる場合には海上自衛隊が「海上警備行動」をとるし、「不審船」発見のさいの速やかなる相互通報、状況により官邸対策室の設置、関係閣僚会議の開催、巡視船の能力の向上、海上保安庁、海上自衛隊の共同対処マニュアルの作成などが指示された。共同マニュアルは同年12月に策定された。
 なおこの事件後、「不審船」を拿捕すべきであったとする意見が強く、取り逃がしたのは、船体に対する射撃を回避したためであるので、船体射撃が可能であるように法改正を行えと言う議論が高まった。その結果、政府は、2001年10月3日に先に述べた海上保安庁法の改正、及び関連する自衛隊法の改正を行ない、領海に侵入した外国船舶で、重大凶悪犯罪を犯す準備のために航行していると考えられる船に対しては、警職法の規定をこえて、武器の使用ができることとしたのである。ここにおいて、日本政府の「不審船」問題に対するあたらしい政策が示されたのである。
 さらに同年11月2日、政府は閣議決定によって「我が国周辺を航行する不審船への対処について」を定めた。そこでは「我が国周辺を航行する船舶であって重大な凶悪犯罪に関与している外国船舶と疑われる不審な船舶(以下「不審船」という。)については、政府は効果的かつ的確に対応して、これを確実に停船させ、立ち入り検査を行う等所要の措置を講ずるものとする」と定めた。この閣議決定は、海上保安庁法の改正をうけたものである以上、「我が国周辺」という意味は領海内ということになるはずだが、文字通りとれば、かなり無限定的な内容となり、当然排他的経済水域も含まれると受け取られかねないものであった。しかも、一義的に「確実に停船させ」ることが指示されているところに問題があった。この閣議決定には、「不審船への対応に当たっては、必要に応じて」総理主宰の関係閣僚会議を開催して基本的な対処方針を決めるが、状況に応じて自衛隊法による海上警備行動をとる必要が生まれた場合、緊急を要するときは、総理主宰で、全国務大臣に電話等で了解をえて、閣議決定を出すことが認められている。
 この決定は翌日の各紙には報道されず、官邸のホームページにさりげなく載せられているだけで、国民にはまったく知られていない。だが、官邸にとっても、海上保安庁にとっても、この法の逸脱を可能にしかねない閣議決定こそ今回の対処の基本指針となったものと判断される。
 新聞報道によれば、このたびの「不審船」発見の報告は防衛庁より、22日深夜1時20分の第一報時から首相官邸の首相秘書官と官房長官秘書官に報告されており、4時には杉田内閣危機管理官が入室して内閣危機管理センターが機能を開始している。夜明けとともに、22日午前7時30分、小泉首相に報告された。しかし、この日は土曜日で、首相官邸には動きがなく、安倍晋三官房副長官が内閣危機管理センターに入ったのは、16時45分のことであった。すでに船体射撃が開始されたあとである。したがって、不審船は「確実に停船させ」るという閣議決定を踏まえて、現場の判断として船体射撃が行われたのであり、内閣危機管理センターとしては、報告を受けて、11月2日閣議決定を踏まえて事後承認を与えたということになる。
 そして、いまだ追跡がおこなわれている段階で、20時11分、安倍晋三副長官は危機管理センターを出て、帰宅しており、ついで、杉田内閣危機管理監も退室しているのである。安部氏は報道によれば、「北朝鮮ではないかもしれないな」と言ったとのことだが、異常な行動である。したがって、21時35分にあらたな船体射撃があり、22時「あまみ」と「きりしま」が強行接舷をこころみたときには、内閣危機管理センターには責任者は誰もいなかったのである。「不審船」が反撃を開始し、巡視船からの砲撃がおこなわれ、該船が沈没、水中の乗組員が行方不明になった22時13分以降、安倍、杉田の両氏は危機管理センターにもどってくることになった。報告を受けて、とられた措置を事後承認したあとで、23時50分になって、「不審船」沈没から1時間30分たったあと、安部副長官は小泉首相に報告したのである。
 以上のことから推測されるところでは、政府の上層は領海外の排他的経済水域の「不審船」追跡という新しい事態に対して、11月2日に採択したばかりの閣議決定を念頭において、「確実に停船させ、立ち入り検査を行う等所要の措置を講ずる」ことという文言で対処し、政府としての新たな判断、決定をくだす必要を認めず、海上保安庁に対応をゆだね、すべてを事後承認したとみえる。この政府の態度は、既成事実を先行させ、政治の判断を回避するものだと言わざるをえない。
 海上保安庁長官として、停船命令を出し、拒否した船を追跡し、威嚇射撃を行い、停船しないので、威嚇射撃をくりかえさせたのは、密漁船の場合はありうるかもしれない。しかし、北朝鮮の工作船だとの判断の上で、公海上で船体射撃を行うということは、海上保安庁の一存で踏み切ることができることであろうか。これは政府の決定がないところでなされた独断行動になってしまうのではなかろうか。
 さらに海上保安庁の決定としてみても、武装していると見られていた工作船に対して、巡視艇4隻だけがとりかこむ中で、強行接舷し、拿捕をはかったのは、海上保安官の生命を危険にさらす無謀な決定であると言わざるを得ない。縄野長官は1月10日の委員会で、該船が「一定の武器を持っている蓋然性、重火器も含めて蓋然性はあるというふうに承知をしております」と述べている。そういうことを承知の上で、接舷拿捕をはかれば、発砲されることは当然に予想される。もとより20ミリ機関砲の照準を該船に合わせ、海上保安官2名がは64式自動小銃を構えて接近したと言われるが、発砲された場合は,撃てとの命令が事前に出されていたのであろうか。実際撃たれた瞬間には、接舷した「あまみ」、「きりしま」では応戦はなされていない。3人が腕に傷を負った程度ですんだことは奇跡的である。さらに該船からは2発のロケット弾が発射された。これが命中していたら、巡視船はたちまち、沈没、保安官多数が死亡したであろう。指揮者はこのような事態を事前に想定しながら、あえて拿捕を強行しようとしたのであろうか。それは部下の生命を危険にさらす、あまりに無謀な、不適切な判断である。
 またこのたびは該船の側から応戦があったのだが、もうひとつ考えられる対応としては、自爆がある。強行接舷し、海上保安官が乗り移った瞬間に自爆するならば、これまた巡視艇二隻も含め甚大な被害を被る可能性がある。
 どちらの場合を想定しても、工作船を4隻の巡視船で取り囲み、拿捕をはかるのは、危険な行動である。包囲して、夜明けを待ち、応援の到着をえてから、圧力を加え、武器を捨てる、抵抗しないという意志表示をえた上で、接舷するのが当然である。
 その道がとれないのであれば、かくも長く追跡し、数次にわたる威嚇射撃も船体射撃も効果をあげなかった以上、該船が日本の排他的経済水域を出たところで、追跡を中止すべきであったろう。公海上で殺し合うことにいかなる意味も、根拠もない。日本人3人が傷つき、外国人15名が海中に沈んで死んだことは、まったく必要のないことであった。

4 各国の反応
 つぎにこの事件が東北アジアの各国にどのように受け止められたかを見てみよう。
 まず当の北朝鮮は、12月26日の朝鮮中央通信報道で、事件を北朝鮮と関連づけるのは「重大な謀略劇、挑戦だ」と非難した。朝鮮通信は「22日、東中国海(東シナ海)に停船していた国籍不明の船舶が日本巡視船の無差別な機関砲射撃で沈没する史上類例のない事件が発生した」、「他国の水域をも侵犯しての犯罪行為は、日本の侍集団が行うことができる海賊行為であり、許し難い現代版テロとしか見られない」と批判した。
 さて、北朝鮮は、明瞭に自国の艦船でも、認める場合と認めない場合がある。96年9月に韓国の江陵海岸で潜水艦が座礁したときには、「事故」と認め、三か月後に遺憾の意を表明した。98年6月、韓国領海内で潜水艦が、漁網にかかり、9人が船内で自決し、他の乗員が射殺されたさいには、当初は「「韓国の謀略」と言明したが、のち「事故」と認め、遺体の返還を受けた。しかし、98年12月、南海での半潜水艇が領海に侵入し、撃沈されたときには、最後まで「謀略」とし、韓国側が船体を引き上げ後も否定しつづけたのである。日本との関連では、99年3月の日本海、能登沖の不審船二隻の領海侵犯事件のさいは、事件の4日後に、外務省代弁人が「われわれは不審船という船舶を知りもしない」とし、「半共和国謀略策動」であると断じたのである。
 韓国では、真っ先に反応したのは国防省で、12月26日には韓国国会の非公開国防委員会で同省代表者は「不審船は北朝鮮の工作船と判断される」と言明した。
 これに対して、外務省の反応は慎重であった。韓昇洙外相は12月27日、日本経済新聞とのインタビューで「不審船の出現と沈没については、重大な関心を持って事態を見ている」、「不審船問題と包容政策は別の問題と考えている。包容政策は前進させなければならず(南北関係は)継続的に発展させて行くべきだ」と述べた。さらに同外相は本年1月17日には朝日新聞とのインタビューで「事態の推移に非常に注目している。最終的な結論が出ていない状況だけに、立場を表明するのは時期尚早だ。ただ一日も早く日朝が対話を始め、日本が朝鮮半島和平に積極的役割を果たすことを期待している」と述べたのである。
 さて韓国の新聞各紙はほぼ一様に日本の対応に対して疑問を表明している。まず朝鮮日報は12月25日の社説「日本の‘過剰’と‘傲慢’」で、第一に「正当防衛というがまず日本の巡視船が発砲し、三度も船体攻撃した後に不審船が応射している」として過剰対応だと批判した。そして第二に「中国EEZ内で撃沈したことに問題の余地が少なくない。…たとえ、国際法上、問題がないとしても他国のEEZ内で、しかも強力な火力を持って拿捕が十分に可能であったにも拘わらず撃沈したのは説得力がない」と批判した。最後に第三に、日本の行動が「軍事力の行使」において抑制をはずす方向をみせていることに懸念を表明し、「周辺国の『懸念』が日本の国益にならないことも直視しなければならない」と助言している。
 中央日報も同日社説「日本の過剰防衛を憂慮する」をかかげ、「他国のEEZまで進出した日本の巡視船が先に怪船舶に三度発砲した」と批判し、「軍国主義復活の可能性を警戒する周辺国の疑惑をぬぐうことは難しいであろう」と述べている。
 東亜日報も同日社説「怪船舶沈没、北側は釈明せよ」を掲げたが、内容的には、「東北アジアの地域安保に影響する公算が大きい理由は、沈没したところが中国側のEEZであった」こと、「日本の巡視艇がまず射撃をくわえた」ことを問題にしている。
 韓国日報は24日に社説「撃沈された怪船舶の正体は」を掲げたが、「注目されるのは、日本側が・・・中国水域まで追跡して怪船舶を先制攻撃した事実である」と指摘している。さらに27日には社説「再び凍りつく北・日関係」を掲げ、「かつてのように北韓を孤立させて何度も苦しめる国際政治構図は本当に繰り返したくない悪夢」だと主張している。
 最後にハンギョレ新聞は、25日の社説「怪船舶事件、過剰反応を慎め」で、「他国の経済水域で・・・船体攻撃をしたのはいきすぎだ」と指摘した。
 代表的な5紙は政治的立場を異にしているが、この件ではほぼ一致した論調をみせ、日本の対応を過剰であるとして、懸念を表明しているのである。
 中国では、まず12月23日に伝わった程永華・外務省アジア局副局長の発言が注目される。程副局長は、日本大使館次席公使との会談で「人の家の玄関先でこんな騒ぎを起こすとは穏やかな話ではない」、「威嚇射撃が船体射撃に発展し、こうした結果になったことは残念だ」と述べた。同日の中国外務省のコメントは「日本が東海海域で武力を使用したことに関心を寄せている。船の沈没と人員の死傷事件には遺憾を表明する。日本側にさらに通報を求める」という明確なものであった。
 さらに12月25日、章啓月・外務省副報道局長は、定例記者会見で、沈没地点が中国側EEZ水域内であることを指摘し、「日本側が問題の処理状況を中国側に通報するように望む。事件処理の全過程において、中国の権益と懸念を十分、尊重するべきだ」と抑制されているが、はっきりした立場の表明をおこなった。
 注目されるのは、12月31日の『解放軍報』に載った論文で、そこでは、「日本の発砲は正当防衛とは言えない」と断定し、その根拠として@追撃、撃沈の法的根拠が十分でない、A日本側が先に武力を行使しているの二点をあげている。
 米国の反応もなぜか遅かった。ようやく、年が明けてから、政府すじからは日本の対応に好意的なコメントが出た。1月11日、アーミテージ国務副長官、日本報道機関とのインタビューで「沈没した不審船は北朝鮮のものと確信している。日本政府の断固たる行動に敬意を表する。行動は、日本の人々に、政府が国民の権益を守ってくれると確信させたと思う。日本政府から米国に何か協力の要請があれば必ず応じる」と述べた。さらに1月14日にはバウチャー国務省報道官が、会見で「日本側からの支援要請はないが、要請があれば、喜んで日本側と一緒にこの問題に取り組む」、「船や乗組員は北朝鮮のものだと思う」と述べたのである。しかし、アメリカの専門家は日本の行動に厳しい批判を行っている。1月10日、『ジャパン・タイムス』紙上にホノルルの東西センターの研究員マーク・ヴァレンシア氏は、排他的経済水域で武器の行使を認める日本の国内法はなく、「威嚇射撃だけが許されている」とし、海洋法に関する国際裁判所の最近のSaiga決定によれば、「武力の行使は可能なかぎり回避されねばならず、不可避である場合も、状況下で理性的で、必要なことをこえてはならない」とされていると指摘した。もしも北朝鮮以外の船に対してこのたびの行動がとられたら、国際社会は「過大な行為 overaction」、「武器の過剰使用」と見ただろう。アメリカは中国の排他的経済水域上に偵察機をとばして、情報を収集しており、偵察衛星も使っていて、その情報は日本にも与えられている。そのときに北朝鮮が伝統的な手段で排他的経済水域で情報収集するのを非難するのは「間が悪い」ことになろう。このように主張して、同氏は、北朝鮮に対して、「テロリスト」疑惑の船に対しては力が行使されるが、排他的経済水域での航行の自由の原則をそこなわないと北朝鮮に知らしめることを提案している。

5 日朝国交交渉の必要性
 いま2001年12月23日の「不審船」事件を、客観的に見ると、東シナ海の洋上で目的不明の北朝鮮の「工作船」を発見し、日本の海上保安庁が停船を求めて、拒否されると、威嚇射撃の上、「工作船」を攻撃し、拿捕をはかったのに対して、「工作船」の側が応戦し、交戦状態に入り、「工作船」は自爆し、15名の北朝鮮の乗組員は自決したという事件であると言うことができる。
 該船がどのような工作をしていたかについては一切不明である。前例からして覚醒剤の運搬などに当たっていたという見方もあるが、わからない。発見された位置が沖縄の北北西であることを思えば、沖縄の米軍基地、米軍の動向についての情報収集に関係する活動にあたっていたとみるのがもっとも蓋然性のあることかもしれない。だが、沖縄が日本領土であり、米軍は日米安保条約に基づいて沖縄に駐留しているのだとしても、その情報を収集する外国船が公海洋上にあるかぎり、これを攻撃し、戦闘行動に入ることは必要もないし、許されることでもない。
 不審な船を公海上で発見した場合は、許される方法の範囲で、威圧し、活動を妨害することである。領海内に侵入したその種の船の場合も、基本的には威圧し、速やかに退去を求めることが第一に考えられる道であり、船体射撃という攻撃を加えることは特別な判断にもとづかなければならない。まして公海上の「工作船」の場合に、船体射撃まで行うことは必要もないし、許されない。
 このたびの沈没船を引き上げよという主張があるが、引き上げてこれが北朝鮮の「工作船」であることがわかった場合、すなわち漁船ではなかったということが確定された場合は、このたびの追跡、停船を命じ、威嚇射撃から船体射撃へ進んだ行動の法的根拠は失われる。工作員を日本に上陸させたとの証拠が出てくるはずはない。書類はすべて処分する時間が充分にあったからである。覚醒剤が積み荷にのこっているということも考えられない。かりに積み荷があったとしても、日本船と取り引きしたという証拠が出るはずはなく、外国船である以上、日本が取り締まる法的根拠はないのである。情報収集船であったとすれば、公海上で発砲し自沈に追い込んだことについて弁明しなければならなくなるのは日本である。これは北朝鮮に対してというのでなく、中国を含めた周辺国全てに対して自分の行動を弁明しなければならなくなるのである。
 北朝鮮は、かりにこの「不審船」が北朝鮮の工作船であったとすれば、それを自国のものと認めることはありえない。韓国との関係では、認めた場合があるが、今回のような場合には、それはほぼ完全にありえないであろう。しかし、もしも真実北朝鮮の「工作船」であったとすれば、日本の艦船との戦闘で乗組員15人が死にいたらしめられたということで、ひそかなる怒りが関係者に広がっていることが想像できる。
 該船の対応だが、逃れられないとした場合、応戦することは工作員の行動の規範に反しているように思われる。逃れられないときは船を破壊し、自決するのが決められたところであろう。応戦した場合は、国際的な衝突を招く可能性がある。にもかかわらず、長い追跡とくりかえされた威嚇射撃、船体射撃を受けて、ついに応戦に踏み切ったというところには、日本人には屈したくないという特別な感情が工作員を支配し、上部からの指令を踏み外した行動に出たということではないだろうか。そのような感情の爆発を誘発することいかなる意味でも日本の国益に反しており、北朝鮮の国益にも反しており、回避すべき事態であると考える。
 日本と北朝鮮は朝鮮戦争以来、基本的には敵対的な関係にあり、国交が存在しない。その中でこのたびは52年間ではじめて、武力衝突にいたったということであるとすれば、このような事件の再発はおこしてはならない。日本と北朝鮮の間において武力衝突を起こす根拠も意味もない。このような事件の再発をおこさないようにするには、領海内への「不審船」の侵入は排除、阻止する努力をはらうとともに、日朝両国間の不正常な関係に終止符をうつべく、日朝国交樹立に向かうことが必要である。そして、公海上でおこりうる事態を平和的に処理するように周辺国の協議を進め、緊張を引き下げる努力をおこなうことが望まれる。これは東北アジアの共通の安全保障の課題である。


 ※本意見書の作成にあたっては、日朝国交促進国民協会の研究会(2002年1月21日)での報告者の報告と討論を参考にさせていただいた。




TOPへ