参議院国際問題に関する調査会での意見

2026年5月13日  和田春樹
一、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という岸田文雄首相の言葉は広く各方面に影響をあたえたようです。しかし、私はこれは日本国の首相の言葉としては適切ではないと思いました。ソ連という大国を構成していたロシアとウクライナの間で始まった兄弟殺しの戦争ですから、戦争をその地域に封じ込め、速やかに停止させ、戦火がよその地域へ、私たちの地域へ拡大するのを防ぐことが必要です。1941年6月、ドイツがソ連に侵攻したとき、ソ連の極東地方は直前に結ばれた日ソ中立条約で平和が保障されていました。あのとき、日本がヒトラーをたすけるつもりでソ連を攻めなかったことは唯一賢明な選択であったと思います。歴史はつづいているのです。
二、日本が位置する東アジアは平和な地域で、最近になって戦争の気配が感じられるようになったと考える人がいるとしたら、途方もない間違いです。日清戦争から大東亜戦争まで、この地域では絶えまなく戦争がつづいていました。この50年つづいた戦争の主役は日本でした。この時代は1945年8月15日に日本の降伏で終わりました。
 だが、それから5年後日本から独立した朝鮮に生まれた二つの国家が国土統一をめざして戦争を開始しました。この戦争は米ソ冷戦最前線の戦争、朝鮮における米中戦争に転化しました。敗戦国日本は米軍の単独占領下にある従属国でしたので、米軍の命令で米軍、国連軍に全面的に協力させられました。米軍は日本から絶え間なく出撃し、共産軍と北朝鮮を爆撃しました。他方で、米国は台湾を中国共産党軍より防衛するとして、第7艦隊を台湾海峡に派遣しました。台湾の国民党軍は朝鮮戦争に参戦しませんでしたが、国連軍側に各種の兵站支援をおこないました。1951年にはサンフランシスコ平和条約によって、日本は独立したことになったのですが、同時に日米安保条約とアチソン吉田交換公文を結び、占領当時と変わりなく米軍・国連軍の戦争の基地でありつづけました。
 1953年7月、朝鮮戦争は停戦協定の調印により、打ち方止めの両軍対峙状況にはいりました。停戦協定は高い水準の政治会議を開催し、朝鮮問題の平和的解決を図ることを予定しましたが、開かれたジュネーヴ会議は解決をもたらさず、朝鮮半島は停戦協定のまま、両軍対峙の状態のまま70年を過ごしました。いまからふりかえれば、この間問題の軍事的解決に戻ることなく、停戦状態を守りつづけた南北朝鮮民族の英知と勇気は称賛に価いします。しかし、軍事境界線をはさんだ韓国軍・米軍=国連軍対朝鮮人民軍の対立はのこり、東北アジアの変わらぬ軍事的緊張の原点です。台湾に生き延びた中華民国政府は台湾海峡をはさんで大陸中国と対立しています。中国は1977年に米国と和解し、めざましい経済成長をとげ、世界第二位の超大国になりました。台湾の経済成長もめざましいものがあります。最近では大陸中国は米国の台湾保護、台湾の独立志向に強く反発し、軍事的威嚇をくわえています。両岸問題は今日東北アジアの緊張の第二の焦点となっています。
 その上に東北アジア地域は中ロ米の核大国が顔をつきあわせ、あらたに北朝鮮が核保有国として加わり、米軍の基地を抱え、米国の核の傘の下にある韓国と日本が核保有4国のただなかにあるという人類核危機の中心です。この地域で戦争がおこれば世界核戦争になりかねません。この地域で戦争を起こさないように最大限の努力を払う必要があります。
三、目下のところ、この地域の最大の問題は日本と朝鮮民主主義人民共和国との敵対関係です。すべての国は隣国と正常な国交をもたなければ平和に生きられないのに、日本は隣国5か国中唯一北朝鮮とだけ国交をもっていない。この国を36年間植民地にしてきた歴史を80年たっても清算していないのです。
 日朝国交正常化交渉は1991年に開始されたが、92年に決裂してしまう。2000年に再開され、2002年9月の小泉・金正日会談で合意にいたり、平壌宣言が発されました。拉致問題の交渉も大きく進み、生存拉致被害者5人が帰国しました。だが、2004年、藪中局長が横田めぐみさんの遺骨として持ち帰ったものから、横田さんとは別人のDNAが検出されたという報告が出され、細田官房長官はこの骨は他人のものだと断定し、北朝鮮に強く抗議したのです。これにより日朝交渉は決裂してしまいます。日朝国交正常化交渉は1991年に開始されたが、92年に決裂してしまう。2000年に再開され、2002年9月の小泉・金正日会談で合意にいたり、平壌宣言が発されました。拉致問題の交渉も大きく進み、生存拉致被害者5人が帰国しました。だが、2004年、藪中局長が横田めぐみさんの遺骨として持ち帰ったものから、横田さんとは別人のDNAが検出されたという報告が出され、細田官房長官はこの骨は他人のものだと断定し、北朝鮮に強く抗議したのです。これにより日朝交渉は決裂してしまいます。
 他方で、2005年9月には日本が推進した6者協議は画期的な合意に到達しました。日朝国交正常化、朝米国交正常化の約束と北朝鮮核兵器計画の放棄を同時実現するという内容でした。だが、この合意はただちにつぶされてしまいました。2006年6月、小泉内閣は「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」、北朝鮮人権法を制定し、北朝鮮と対決する方針をうちだしました。同年9月、安倍晋三新首相は内閣あげて「拉致問題対策本部」を組織し、「すべて拉致被害者の生還を強く求めていきます」と宣言しました。同年10月北朝鮮が最初の核実験をおこなうと、北船舶の入港禁止、北朝鮮からの輸入全面禁止、北朝鮮国籍者の入国禁止を決定しました。やがて制裁は貿易と交流の全面遮断にいきつくのです。
 その後、2014年ストックホルム合意で交渉再開への希望が生まれましたが、田中実氏の生存をあきらかにした調査結果を不満として、安倍第二次政府は報告書を受けとらず、またまた交渉を決裂させました。核ミサイル開発をすすめる北朝鮮と米国の対立が激化する中で、2017年3月6日北朝鮮は秋田沖300キロの日本の排他的経済水域内に中距離ミサイル3発を撃ち込み、翌日この発射は「不測の事態が起きた場合、日本に駐留する米軍の基地を攻撃する任務を持つ砲兵部隊」によって実施されたと発表しました。
 この状況にいたっても、安倍首相から石破首相まで歴代の首相は、拉致問題が自分の「政権の最重要課題」であるとし、被害者全員の帰国を要求して、金正恩委員長との会談を希望するとくりかえすばかりでした。さらに「日朝平壌宣言に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案を解決し、国交正常化を目指します」とも施政方針演説でくりかえしました。しかし、ブルー・リボンのバッチを胸につけて、米国大統領に支援をお願いする以外何もできていないのです。
 拉致問題は日本国家の最重要課題だとされていますから、なんとしても交渉を最後まで行って、解決をしなければなりません。そのためにも日朝国交正常化交渉を再開しなければならないのです。小泉首相と田中局長が拉致問題の交渉を大きく前進させたのは日朝国交交渉の中で進めたからです。国交正常化交渉を再開するには2006年の北朝鮮人権法による制裁と攻撃の姿勢があらためられなければなりませんが、すくなくとも朝鮮高校を高校教育無償化措置の対象から除外している政策の修正がなされなければならないということは皆が了解しているとおもいます。北朝鮮側は拉致を認め、謝罪し、5人とその家族を日本に帰国、渡日させ、さらに3回も白紙に戻して被害者生死の調査をしているのです。その第三回目の調査報告の受け取りすら拒否しているのは日本側です。その報告書のうけとりを拒否しておいて、金正恩委員長との交渉を求めるのはあまりに無礼な態度ではありませんか。拉致問題でのいわば最後の交渉に臨むには、北朝鮮側の報告をうけとってどのように判断するかを考えておかなければなりません。拉致被害者の生存に関する情報を検証して、妥当な判断をくだす準備を行わなければなりません。帰国した拉致被害者5人から聞き取りした拉致対策本部の記録を公開し、両院の拉致問題特別委員会等で検証してこそ、北朝鮮側の5名生存、8名死亡、2名不入境、さらに1名不入境、1名生存という報告を受け入れるかどうかについて最終的な結論を出すことができるのです。いずれにしても、日本としては、生存している可能性のある者については帰国させよ、あるいは帰国を待つと言い、死亡したと考えるほかない者については、その死の責任は北朝鮮側にある、正当な賠償金を支払えと主張するほかありません。
 拉致問題の解決がはかられれば、国交正常化交渉をまとめ、経済協力の交渉を未完成の段階にのこし、国交正常化を断行すべきです。日朝間の敵対、対立を解いていくために、核ミサイル問題の交渉をおこなうためには国交正常化が必要です。
四、さらに日本は東北アジア地域の戦争の引き金になりうる領土問題を国論とするのをやめるべきだと思います。サンフランシスコ平和条約において、日本は朝鮮、台湾、千島、南樺太、南洋諸島にたいするすべての権利、請求権を放棄しました。しかし、その後、日本は降伏の結果失った南千島は「固有領土」であるとして、その回復要求をソ連、ロシアに対して提起するようになりました。あわせて色丹島、歯舞諸島の返還も要求しました。韓国に対しては、韓国が日本から独立するにあたって独島までを自国の領土と主張したのをみとめず、平和条約で放棄した朝鮮の付属島嶼には独島は入っていないとして、「固有領土」たる竹島(独島)を返せと主張しています。日本は憲法9条で国際紛争を解決する手段として武力を行使することは永久にしないと誓約している国だからこれまでは無事にすみましたが、憲法9条を改正して、日本の領土を守る軍隊の存在を憲法に書きこめば、領土要求は戦争の原因になりかねません。
 個別に申せば、ロシアとの関係で、放棄した千島列島に択捉、国後島は含まれていないと主張することは地理学、歴史学の常識に反しており、成り立ちません。日本はロシアとの間に平和条約を結ぶとすれば、これらの島のソ連領有を確認する他ありません。だが、そうすれば、1956年の日ソ共同宣言第9項により、ソ連の継承国家が、平和条約締結後に「日本国の要望に応え、かつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡す」との旧ソ連政府の約束を履行すると期待できます。いまとなっては、これが最後の希望です。竹島については、日本に国土全体を奪われていた朝鮮が独立にあたって、うばわれていた国土の中に独島が含まれていると宣言している以上、日本としては、それを認めるほかはないでしょう。ただし経済水域は鬱陵島と隠岐の島の中間線で決めるとしなければなりません。中国が領土主張をしている尖閣諸島については、日中間で直ちに交渉を開始すべきです。この方面の国境線については、日中国交正常化のさいに合意がつくられていなかったのは明らかなのですから。
五 東北アジアはロシア、中国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、日本、米国6国よりなると考えられます。日本がこの地域について国家的な文書で言及した最初は2002年の日朝平壌宣言でした。その第四項は次のとおりです。「双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。」この合意が中国、米国をうごかし、2003年から日朝、中米、韓ロの6者協議がはじまったのです。2004年9月に開かれた第4回6者協議は、北朝鮮の核兵器開発計画の停止を含む画期的な合意に到達しました。この6者協議の経験は私たちの地域の歴史の中の最高の光であり、今日立ち返るべき出発点がここにあります。
 今日東南アジアでは、ASEAN、Association of Southeast Asian Nationsの働きがよく知られています。フィリピン、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアの5国によって1967年に結成されたASEANはベトナム戦争終結後、力強く立ち上がり、1995年にはベトナムをメンバーに迎え入れました。ASEAN地域フォーラム、「ASEANプラス3」をつぎつぎにスタートさせ、今日ではEAS、東アジア・サミットを発足させています。ASEANは、つねに開かれた地域主義を目指しているのがみごとです。
 とすれば、私たちの地域でも、ASEANにならって、東北アジア諸国の恒常的な連絡、協議のかたちをつくることが可能でもあり、必要であると考えられます。最初はたんなるOrganization から出発すべきでしょう。私たちの地域では緊急時の連絡手段、ホットラインをもつことが最小限の必要事だからです。だから、まず、Organization of Northeast Asian Nations 、ONEANです。東北アジアの平和、安全保障と経済成長、文化交流に関する情報と意見の交換、協議の会合を定期的に開くことからはじめて、まずホットラインをつくることが大事です。
 構成するのは、中国、ロシア、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、日本、米国の6か国です。米国を東北アジアに入れるのは地理上も正しいことは私が2003年の著書『東北アジア共同の家』に掲載した地図で示しておりますので、ご覧ください。
 ONEANのもとに二つの下部会議を開くことが必要です。第一は東北アジア島嶼会議。海南島、台湾、沖縄、済州島、サハリン、北海道、択捉島、ハワイの8島がメンバー候補です。第二は東北アジア都市会議です。メンバーは台北、北京、平壌、ソウル、ヴラジヴォストーク、ユジノサハリンスク、東京、アンカレッジ、ホノルル9都市の代表です。さらにONEANの外にONEANプラス4会議を開催すべきだと思います。プラス4はモンゴル、ベトナム、フィリピン、カナダです。
 すべての会議が動き出せば、ONEANの6か国はこの組織の基本原則について討議し、確認していく。まず、6か国は朝鮮戦争の停戦協定を尊重することを確認し、日米中ロ4か国は朝鮮民族が朝鮮の平和的統一を願うなら、その意志を尊重するということを確認する。さらに6か国は台湾が中国の一部であると認め、日米韓朝ロ5か国は両岸の平和的融合をさまたげないことを確認する。これらの基本原則が確認されれば、ONEANはアセアンとならぶアネアン、Association of Northeast Asian Nations(ANEAN),東北アジア諸国連合です。この団体は、東北アジアの平和、協力,共生のために努力し、ASEANと協力し、東アジア、太平洋全域の平和、協力、共生のために努力していけます。

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2022年3月26日

声明発表から現在までの経過報告

和田春樹

外務省ロシア課長を訪問

 3月15日に私たちの声明をとりまとめ、翌日に外務省に向かった。私と富田武、羽場久美子両氏が外務省を訪問し、山田欣幸ロシア課長に声明を渡した。山田課長は私たちの説明を黙って聞いてくれ、私が話し終わると、「どうして中国に仲裁をもとめるのか」と質問された。そこで、トルコがすでに仲裁の行動をしているが、まだ結果がでていない、そこでロシアの東と南の隣国も行動して、停戦に貢献すべきだとおもう、中国とインドも関係がよくないが、一緒に停戦の仲裁をすると、自分たちの関係にも意義があるのではないかと述べた。

ガルージン駐日ロシア大使と面会

 3月17日、私はロシア大使館に電話して、大使に面会し、声明を渡したいと申し入れた。18日になり、大使秘書官から、声明をあらかじめ見せてほしいと言われたので、用意した声明のロシア語版を送った。翌日、ガルージン大使が会う、24日に来館してほしい、一時間ほど面会するという連絡があった。当日、私は藤本和貴夫、伊東孝之、加納格、富田、羽場の5氏とともに大使館にむかった。大使館の側は大使の他4名の参事官、書記官が出席し、大型のスクリーン二つを用意し、動画を見せながら、ガルージン大使が50分にわたって、ロシアの立場を説明された。以後50分ほど私たちの発言と大使の答弁がおこなわれた。
 大使は、「ロシア軍の侵攻によりウクライナ戦争がはじまった」という私たちの声明の冒頭の一句に注目して、戦争は8年前のウクライナの政変、反ロシア政権の誕生からはじまっていた、ミンスク合意もこわされた、そしてキエフ政府はロシア人の「ジェノサイド」を実行して来たと主張し、その間のロシアの抗議には西側はまったく耳を貸さなかったと述べ、さらにNATOの東方拡大はロシアにとっての脅威だと強く非難した。私はロシアにはロシアの言い分があるとしても、隣の国をあのような大軍で攻め込むのは衝撃をうけた、と述べた。このようなことをしては、ロシア人とウクライナ人の平和的な協力関係は永遠にこわれてしまうのではないか。と指摘した。これに対しては、大使は、日本と米国は深刻な戦争をし、広島長崎に原爆も投下されたが、いまは日米関係は親密になっているではないかと反論し、ウクライナ人と敵対するつもりはないと言われた。だが、これは「兄弟殺しの戦争」ではないかと加納氏が言うと、さすがにこたえたものか、ガルージン大使の答弁はここでは苦しそうであった。
 私たちの方からは、即時停戦、停戦会談の開始、3国による停戦の仲裁という私たちの提案を力説した。これについては賛成、反対、いずれも明瞭な意見の表明はなかった。ただし日本には仲裁に立つ資格はないというようなことは一言もいわれなかった。中国、インドについても触れなかった。停戦会談はすでにやっている、ロシアの要求は明かであって、それが満たされれば、軍事行動は終ると言われたので、伊東氏が「それでは戦争はやめないということですか」と反論して、停戦を要求した。私は、ウクライナの非軍事化のような要求は日本の降伏経験から考えると、日本と立場が違うウクライナがのむはずのない項目であると強調した。これには答えがなかった。かわりに大使が言ったのは、「自分は8月15日の玉音放送を聞いたが、そこにはポツダム宣言を受諾するという言葉はなかった」ということだった。実際には「共同宣言に応ぜしむる」と天皇はのべているが、「ポツダム宣言」と具体的にはいわず、まして降伏するとは述べていない。大使がこう言った心理は、妥協して合意するときには表現を工夫することができると示唆するつもりなのかと思った。大使はまた「停戦会談はおこなわれている。話がまとまってくると、ウクライナ代表団のスカートの端を踏む動きが出る」と最後に言ったが、これはアメリカが停戦会談をさまたげているとほのめかしたのであると言える。
ロシア大使館での記念撮影  結局、私たちの対話はいかなる合意点もみいだせなかったが、それは予想した通りの結果であった。大使は最後に本日の会合のことはモスクワに報告すると言われた。私たちはまたお話したいと言って、記念撮影をして、大使館を辞した。

今後の取り組み

 私たちは私たちの提案をさらに推進していく決意である。次は中国大使館、インド大使館を訪問するつもりである。

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ウクライナ戦争を1日でも早く止めるために日本政府は何をなすべきか

―――憂慮する日本の歴史家の訴え―――

 ロシア軍の侵攻によりウクライナ戦争がはじまってから3週間がすぎた。ロシア軍はキエフを包囲し、総攻撃を加えようとしている。このような戦争が継続することはウクライナ人、ロシア人の生命をうばい、ウクライナ、ロシアの将来にとりかえしのつかない打撃をあたえることになる。それだけ
ではない。ウクライナ戦争の継続はヨーロッパの危機、世界の危機を決定的に深めるであろう。
 だから、われわれはこの戦争をただちに終わらせなければならないと考える。ロシア軍とウクライナ軍は現在地で戦闘行動を停止し、正式に停戦会談を開始しなければならない。戦闘停止を両軍に呼びかけ、停戦交渉を仲介するのは、ロシアのアジア側の隣国、日本、中国、インドがのぞましい。
 日本はアメリカの同盟国で、国連総会決議に賛成し、ロシアに対する制裁をおこなっている。しかし、日本は過去130年間にロシアと4回も深刻な戦争をおこなった国である。最後の戦争では、米英中、ロシアから突き付けられたポツダム宣言を受諾して、降伏し、軍隊を解散し、戦争を放棄した国となった。ロシアに領土の一部をうばわれ、1956年以降、ながく4つの島を返してほしいと交渉してきたが、なお日露平和条約を結ぶにいたっていない。だから日本はこのたびの戦争に仲裁者として介入するのにふさわしい存在である。
 中国はロシアとの国境画定交渉を成功させ、ロシアとの安定的な隣国関係を維持しており、国連総会決議には棄権した。ロシアに対する制裁には反対している。インドは伝統的にこの地域に起こった戦争に対して停戦を提案し、外交的に介入してきた。インドとロシアの関係は安定しており、国連総会決議には棄権している。
 だから、日本が中国、インドに提案して、ロシアの東と南の隣国として、この度の戦争を一日も早く終わらせるために、三国が協力して、即時停戦をよびかけ、停戦交渉を助け、すみやかに合意にいたるよう仲裁の労をとることができるはずだ。
 われわれは日本、中国、インド三国の政府にウクライナ戦争の公正な仲裁者となるように要請する。
 ロシア軍とウクライナ軍は即時停戦し、停戦交渉を正式にはじめよ。
 ロシア軍はロシアにとっても信仰上の聖地であるキエフへの総攻撃をやめなければならない。
 最後に訴えたい。ウクライナ戦争をとめるには、すべての者がなしうるあらゆる努力をつくさなければならない。傍観者にとどまってはならないのだ。

    2022年3月15日
伊東孝之 北海道大学名誉教授   
加納 格 法政大学元教授     
塩川伸明 東京大学名誉教授    
富田 武 成蹊大学名誉教授    
藤本和貴夫 大阪経済法科大学元学長
和田春樹 東京大学名誉教授    
加藤史朗 愛知県立大学名誉教授  
梶浦 篤 電気通信大学教授    
豊川浩一 明治大学教授      
長與 進 早稲田大学名誉教授   
西 成彦 立命館大学名誉教授   
羽場久美子 青山学院大学名誉教授 
毛里和子 早稲田大学名誉教授   
吉田 浩 岡山大学准教授     

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(Russian statement_2022-3-15)Что должно сделать правительство Японии, чтобы как можно скорее остановить войну в Украине PDF file

(English statement_2022-3-15)What Should the Japanese Government Do to Stop the War in Ukraine PDF file

(French statement_2022-3-15)Que devrait faire le gouvernement japonais pour mettre fin à la guerre en Ukraine le plus rapidement possible PDF file

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Что должно сделать правительство Японии,чтобы как можно скорее остановить войну в Украине?

――― Обращение встревоженных японских историков ―――

 Прошло три недели с тех пор, как российские войска вторглись в Украину и началась война. Российские войска собираются окружить Киев и начать полномасштабное наступление. Продолжение такой войны будет стоить жизни многим украинцам и россиянам и нанесёт непоправимый удар по будущему Украины и России. И не только – продолжение войны в Украине принципиально усилит кризис в Европе и во всём мире.
 Именно поэтому мы считаем, что эта войны должна быть немедленно остановлена. Российские и украинские войска должны прекратить боевые действия там, где они находятся, и официально начать переговоры о прекращении огня. Мы считаем желательным, чтобы именно азиатские соседи России – Япония, Китай и Индия – призвали обе стороны остановить боевые действия и выступили посредниками в переговорах о прекращении огня.
 Япония является союзником США, соглашается с критической резолюцией Генеральной Ассамблеи ООН и вводит санкции против России. Однако, хотя за последние 130 лет Япония вела с Россией четыре серьезные войны, каждый раз страны мирились. В последней войне Япония приняла Потсдамскую декларацию, предъявленную ей США, Великобританией, Китаем и СССР и капитулировала. Это позволило ей распустить свою армию и стать страной, отказавшейся от войны. Да, территориальные споры остались, и с 1956 года ведутся долгие переговоры с Россией, но в будущем Япония стремится заключить с ней мирный договор. Поэтому мы считаем, что Япония является подходящей страной, чтобы выступить в качестве посредника в связи с настоящей войной.
 Китай успешно провел переговоры о демаркации границы с Россией, поддерживает с ней стабильные добрососедские отношения и воздержался при голосовании о вышеупомянутой резолюции Генеральной Ассамблеи ООН. Он также возражает против санкций в отношении России. Индия традиционно выступала с активных дипломатических позиций относительно войны в этом регионе и предлагала прекращение огня. Отношения Индии с Россией стабильны, и Дели воздерживался при голосовании о вышеназванной резолюции Генеральной Ассамблеи ООН.
 Поэтому Япония должна предложить Китаю и Индии, чтобы эти три страны, будучи восточными и южными соседями России, объединили свои усилия, совместно призвали к немедленному прекращению боевых действий и взяли на себя инициативу в посреднических усилиях для достижения соглашения – чтобы помочь в переговорах о прекращении огня и как можно скорее закончить эту войну.
 Мы призываем правительства Японии, Китая и Индии стать справедливыми арбитрами в войне в Украине.
 Российские и украинские войска должны немедленно остановить огонь и официально начать переговоры о прекращении боевых действий.
 Российские войска должны прекратить полномасштабное наступление на Киев, который является святым местом и для России.
 Наконец, мы хотели бы обратиться ко всем. Чтобы остановить войну в Украине, мы все должны приложить абсолютно все возможные усилия. Ни в коем случае нельзя безучастно наблюдать со стороны.

   15 марта 2022 г.

Ито Такаюки, заслуженный профессор Университета Хоккайдо
Кано Тадаси, бывший профессор Университета Хосэй
Сиокава Нобуаки, заслуженный профессор Токийского университета
Томита Такэси, заслуженный профессор Университета Сэйкэй
Фудзимото Вакио, бывший ректор Осакского университета экономики и юриспруденции
Вада Харуки, заслуженный профессор Токийского университета
Като Сиро, заслуженный профессор Префектурального университета Аити
Кадзиура Ацуси, бывший профессор Университета электрокоммуникаций
Тоёкава Коити, профессор Университета Мэйдзи
Нагаё Сусуму, заслуженный профессор Университета Васэда
Ниси Масахико, заслуженный профессор Университета Рицумэйкан
Хаба Кумико, заслуженный профессор Университета Аояма Гакуин
Мори Кадзуко, заслуженный профессор Университета Васэда
Ёсида Хироси, доцент Университета Окаяма

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What Should the Japanese Government Do to Stop the War in Ukraine as Quickly as Possible?

—An Appeal from Concerned Japanese Historians—

Three weeks have passed since the war in Ukraine began due to the invasion of Russian troops. Russian forces have surrounded Kiev and are about to launch an all-out attack on the city. The continuation of this war will threaten the lives of Ukrainians and Russians and deal an irreparable blow to the future of Ukraine and Russia. That is not all. The continuation of the war in Ukraine will bring about a decisive deepening of the crisis in Europe and the crisis in the world.

We therefore believe that this war must be ended immediately. Russian and Ukrainian forces must cease hostilities at their current positions and initiate formal ceasefire talks. It is desirable that Russia's Asian neighbors, Japan, China, and India, should call on the two sides to cease hostilities and mediate the cease-fire negotiations.

Japan is an ally of the United States, voted in favor of the UN General Assembly resolution, and has imposed sanctions on Russia. However, while Japan has had four serious wars with Russia in the past 130 years, our country has reached a reconciliation with Russia each time. In the last war, as Japan accepted the Potsdam Declaration issued by the United States, Britain, China, and the Soviet Union and surrendered, we were able to dissolve our armed forces and become a country that renounced war. Nevertheless, territorial issues remained and the two countries have been engaged in long negotiations since 1956, which are expected to lead to the conclusion of a Japan-Russia peace treaty. Japan is therefore the appropriate country to act as mediator in this war.

China has successfully negotiated the demarcation of its borders with Russia, maintains stable neighboring bilateral relations with Russia, and abstained at the time of the UN General Assembly resolution. China also opposed the imposition of sanctions on Russia. India has traditionally proposed cease-fires and intervened diplomatically in wars in the region. India and Russia have maintained stable relations and India also abstained at the time of the UN General Assembly resolution.

Therefore, as Russia's eastern and southern neighbors, it should be possible for Japan to propose to China and India that the three countries cooperate in calling for an immediate cease-fire, assist in cease-fire negotiations, and mediate a speedy agreement to bring this war to an end as quickly as possible.

We call upon the governments of Japan, China, and India to act as impartial arbiters of the war in Ukraine.

The Russian and Ukrainian forces must immediately cease hostilities and initiate formal ceasefire talks.

The Russian forces must halt their all-out assault on Kiev, which is also a Russian religious holy site.

We would like to make a final appeal. Everyone must make every possible effort to stop the war in Ukraine. We must not stand idly by on the sidelines.

March 15, 2022

Ito Takayuki, Emeritus Professor, Hokkaido University
Kano Tadashi, Ex. Professor, Hosei University
Shiokawa Nobuaki, Emeritus Professor, The University of Tokyo
Tomita Takeshi, Emeritus Professor, Seikei University
Fujimoto Wakio, Emeritus Professor, Osaka University
Wada Haruki, Emeritus Professor, The University of Tokyo
Kato Shiro, Emeritus Professor, Aichi Kenritsu University
Kajiura Atsushi, Ex. Professor, Denki Tsushin University
Toyokawa Koichi, Professor, Meiji University
Nagayo Susumu, Emeritus Professor, Waseda University
Nishi Masahiko, Emeritus Professor, Ritsumeikan University
Haba Kumiko, Emeritus Professor, Aoyama Gakuin University
Mori Kazuko, Emeritus Professor, Waseda University
Yoshida Hiroshi, Associate Professor, Okayama University

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Que devrait faire le gouvernement japonais pour mettre fin à la guerre en Ukraine le plus rapidement possible ?

Appel des historiens japonais inquiets

Trois semaines se sont écoulées depuis que la guerre en Ukraine a commencé avec l'invasion des troupes russes. Les forces russes ont encerclé Kiev et sont sur le point de lancer un assaut total. La poursuite d'une telle guerre coûterait la vie à des Ukrainiens et des Russes et porterait un coup irréversible à l'avenir de l'Ukraine et de la Russie. Pas seulement ça. La poursuite de la guerre en Ukraine aggravera de manière décisive la crise en Europe et dans le monde.

Par conséquent, nous pensons que cette guerre doit prendre fin immédiatement. Les forces russes et ukrainiennes doivent cesser leurs opérations de combat et entamer officiellement des pourparlers de cessez-le-feu. Ce sont les voisins asiatiques de la Russie, le Japon, la Chine et l'Inde, qui devraient appeler les deux parties à cesser les combats et à négocier un cessez-le-feu.

Le Japon est un allié des États-Unis, qui approuvent les résolutions de l'Assemblée générale des Nations unies et imposent des sanctions à la Russie. Cependant, le Japon a mené quatre guerres sérieuses avec la Russie au cours des 130 dernières années. Lors de la dernière guerre, le Japon a accepté la déclaration de Potsdam, qui lui a été imposée par les États-Unis, la Grande-Bretagne, la Chine et la Russie, s'est rendu, a dissous ses forces armées et a renoncé à la guerre. Le Japon a perdu une partie de son territoire et négocie la restitution des quatre îles depuis 1956, mais n'a pas encore conclu de traité de paix avec la Russie. Le Japon est donc un médiateur approprié pour intervenir dans cette guerre.

La Chine a négocié avec succès la démarcation de sa frontière avec la Russie, entretient des relations de voisinage stables avec ce pays et s'est abstenue de voter sur les résolutions de l'Assemblée générale des Nations unies. Il s'oppose aux sanctions contre la Russie. L'Inde a traditionnellement proposé des cessez-le-feu et est intervenue diplomatiquement dans les guerres de la région. Les relations de l'Inde avec la Russie sont stables et ce pays s'est abstenu de voter sur les résolutions de l'Assemblée générale des Nations unies.

Par conséquent, le Japon devrait proposer à la Chine et à l'Inde que, en tant que voisins orientaux et méridionaux de la Russie, les trois pays travaillent ensemble pour appeler à un cessez-le-feu immédiat, aider à négocier un cessez-le-feu et prendre l'initiative d'un arbitrage pour parvenir à un accord le plus rapidement possible afin de mettre fin à cette guerre dans les meilleurs délais.

Nous appelons les gouvernements du Japon, de la Chine et de l'Inde à devenir des arbitres équitables de la guerre en Ukraine.

Les forces russes et ukrainiennes doivent immédiatement cesser le feu et entamer officiellement des négociations de cessez-le-feu.

Les forces russes doivent cesser leur assaut général sur Kiev, qui est également un lieu saint religieux pour la Russie.

Enfin, nous voudrions faire appel à tous ceux qui veulent arrêter la guerre en Ukraine doivent faire tous les efforts possibles. Nous ne devons pas rester sur la touche.

Le 15 mars 2022

Takayuki Ito, Professeur émérite, Université d'Hokkaido
Tadashi Kano, Ancien professeur, Université Hosei
Nobuaki Shiokawa, Professeur émérite, Université de Tokyo
Takeshi Tomita, Professeur émérite, Université Seikei
Wakio Fujimoto, Ancien président, Université d'économie et de droit d'Osaka
Haruki Wada, Professeur émérite, Université de Tokyo
Shiro Kato, Professeur émérite, Université de la préfecture d'Aichi
Atsushi Kajiura, Professeur, Université d'électro-communications
Koichi Toyokawa, Professeur, Université Meiji
Susumu Nagayo, Professeur émérite, Université Waseda
Naruhiko Nishi, Professeur émérite, Université Ritsumeikan
Kumiko Haba, Professeur émérite, université Aoyamagakuin
Kazuko Mori, Professeur émérite, Université Waseda
Hiroshi Yoshida, Professeur associé, Université d'Okayama

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安倍首相の退陣におもう

和田春樹

 日朝国交促進国民協会理事・事務局長

2020年9月12日

 8月28日、ついに安倍首相が退陣を発表した。得意の「地球儀俯瞰外交」もほぼすべて成果をあげられず、完全な行き詰まりを見せていた上に、年初以来におこったコロナ禍に対しては打つ手がことごとく国民の信頼をえられず、支持率は急激に低落し、不支持率がはるかに上回る事態となっていた。安倍首相は任期終了まで総裁、総理の職をつとめる意欲をうしなっており、そのことが体調にも反映してきたのであろう。最後の時がちかづいていた。みなが「ポスト安倍」を語りはじめた。

 この夏にいたり、安倍氏は自らの個人的宣伝雑誌『月刊Hanada』(8月発売の9月号)に「安倍総理闘争宣言」を「菅官房長官、覚悟を語る」とともにのせ、「安倍内閣のうちに、憲法改正をなんとか成し遂げたい」、「何としても安倍内閣で拉致問題を解決する決意です」と語った。「断腸の思い」、「痛恨の極み」という言葉をならべ、トランプ、習近平、文在寅らに金正恩へ自分の考えは伝えてもらっている、「安倍内閣で拉致問題を解決する」との決意はいまも変わっていないと強調した。さらに読売新聞系列の総合雑誌『中央公論』の9月号にも「総理インタビュー」が載った。橋本五郎大記者が「北朝鮮が相手だけに大変な難題ですが、何とか光明を見出さなければ」と問いかけると、安倍首相はここでも「断腸の思い」、「涙が出る思い」という言葉を繰り返したあと、トランプ、習近平、文在寅ら、「各国首脳の協力を得ながら、なんとしても結果を出したい」と言うだけであった。なにもできない、なにもするつもりがないことを認めているかのようであった。だが『中央公論』がこのインタビューに「拉致問題は任期中に結果を出したい」という虚偽のタイトルをつけたのは安倍政治の「やる気」を誇大に宣伝したのである。

 その月のおわりに、安倍首相は、持病の潰瘍性大腸炎が再発したため、やむなく退陣すると発表した。安倍政治が完全に行き詰まって、政権を投げ出したのではなく、ふたたび病気の再発で退陣を強いられた悲劇だとの印象がつくりだされた。安倍政権の支持率は20%も急上昇し、安倍政権の継続をかかげる官房長官、拉致問題担当大臣の菅義偉氏が後継者として急浮上したのである。これは一大政治詐術であった。

 安倍首相は2006年12月に誕生した。誰もが認めたように52歳のこの若い政治家が首相の座を射止めたのは、拉致問題で政治家としての力量を発揮して、小泉首相の窮地を救ったとされたからであった。安倍内閣は拉致問題解決内閣として、安倍三原則による拉致問題政策をかかげ、内閣挙げて拉致問題解決対策本部たることを決意したのである。拉致問題担当総理補佐官が任命され、塩崎官房長官が拉致問題担当大臣を兼務することになった。

 安倍三原則の第一原則は、「拉致問題はわが国の最重要課題である」というものであった。これは偽りであろう。拉致問題が重要課題だというならわからないわけではない。「最重要課題」であると言った瞬間にうそをついたことになるのである。どんな政府であれ、日本の政府なら本当の最重要課題にとりくまなければならないはずだ。コロナ禍の中でその対策のために働いているはずの安倍内閣の大臣たちは総理、官房長官以下全員が拉致問題解決のブルー・リボンを胸につけていた。逆に言えば、拉致問題のためには、リボンをつける以外のことは誰もしていなかったのである。

 安倍第二原則は、「拉致問題の解決なくして、国交正常化なし」である。これは小泉首相の日朝国交正常化政策を破棄するという宣言であった。小泉首相の方針は「国交正常化への前進なくして、拉致問題の解決なし」だった。その方針のもと、小泉首相と田中均外務省局長は2002年金正日委員長とともに国交正常化のための日朝平壌宣言を出し、拉致問題を謝罪させ、13人拉致、8人死亡、5人生存という回答をえたのである。小泉首相は5人を帰国させ、さらに2004年の第二次首脳会談で5人の家族の渡日をもみとめさせた。小泉首相の方針は日朝国交正常化という国家的課題に実現に向かって前進することによって、拉致問題の解決において決定的な成果をあげることができたのである。小泉首相の方針をすてた安倍首相が拉致問題解決のいかなる進展もなしえかったのは当然のことである。

 安倍第三原則は、「拉致被害者は全員生きている、即時全員を帰国させよ」というものである。これが致命的な原則であった。この原則は、2002年の北朝鮮側の小泉首相に対する回答、横田めぐみさんをふくめ8人は死亡している、5人だけが生存しているという回答は、死亡の証拠を出せないのだから、嘘をついているのだと非難し、死亡したという人全員を即時帰国させよと要求することであった。北朝鮮との交渉を打ち切って、最後通牒的に屈服を要求する、わが方の要求にしたがわせようとする立場だと言っていい。北朝鮮側は「死んだ人を生き返らせて返せ」というのかと反発したと言われている。

 こうして安倍三原則は、拉致問題を解決するためには、拉致犯罪をおこなった北朝鮮現体制に懲罰を与え、ついには北朝鮮の現政権を崩壊させることをめざすという方針なのである。安倍首相は2002年に拉致被害者を救う会全国協議会の指導者佐藤勝巳氏らにうながされて、彼らの考えを自分の方針としたのである。佐藤勝巳氏は2002年末に著書に次のように書いている。「『救う会』は、今後も被拉致者全員の帰国を目指して活動を続けていく。・・・金正日政権が存在する限り、拉致の解決は困難であり、金正日政権の崩壊が絶対必要条件である。」(『拉致家族「金正日との戦い」全軌跡』小学館文庫)。

 安倍首相が佐藤路線にしたがって三原則の拉致政策をかかげたことにより、日朝平壌宣言は凍結され、日朝国交交渉は完全に中止され、日朝交渉すらも、ストックホルム合意が結ばれ、実行された一時期をのぞいて、まったくおこなわれないままとなった。安倍政権がやれたのは、北朝鮮との貿易、船の寄港、人の往来を完全に遮断すること、国連安保理の制裁を極限まで強化すること、国際的に拉致犯罪非難の大合唱を組織すること、対北朝鮮放送をつづけ、拉致問題解決を要求すること、日本の中高校生に拉致問題に関する映画をみせて、北朝鮮を憎む心を植え付けること、在日朝鮮人とその団体に法の厳密適用というハラスメントをくわえ、幼稚園から大学まで在日朝鮮人の教育施設に差別的に一切の公費援助措置をあたえないことであった。

和田春樹著書:安倍首相は拉致問題を解決できない

 だが安倍政権は、ついに北朝鮮政権を崩壊させることはできなかった。金正日氏は病死したが、息子金正恩氏が後継して、いまや核兵器をもって、在日米軍基地にロケットの標準をあわせている。2017年の米朝戦争の危機のさい、安倍首相は「すべての選択肢がテーブルの上にある」というトランプ大統領の立場を100%支持すると繰り返し、河野克俊統合幕僚長に米軍が対北作戦をとるとき、「自衛隊がどう動くか」を検討準備させていた。いまイージス・アショア設置を断念するとして、あわてて敵基地攻撃能力をもつことを準備するとの自民党の党議をまとめた程度では、日朝間の現実の緊張に対してはとても間にあわないのである。これだけの近距離では発射されたミサイルを撃ち落とすのは難しい。ミサイルの発射に備えることは当然として、なによりもミサイルを撃たせないようにすることが第一である。そのためには唯一国交をもたない国、北朝鮮と国交を開き、関係を正常化し、協力することである。安倍氏の政策はそのことを全否定してきたのである。

 そのようにみてくれば、2019年5月3日になって、安倍首相が突如「拉致問題の解決には、わが国が主体的に取り組むことが何よりも重要です」と言い、「日朝間の相互不信の殻を打ち破るため」、「条件をつけずに金委員長と会い、率直に、また虚心坦懐に話し合ってみたい」と言い出したのは、言葉だけのジェスチャーにすぎなかったことは明らかでろう。これは、いわゆる「やってる感」を出して、人を欺く行為にほかならない。北朝鮮からいかなる答もなかったのは当然である。安倍首相が欺いたのは拉致被害者家族であり、日本国民である。

 つまり、安倍氏の拉致問題三原則、拉致政策は完全に破産しているのである。安倍氏の立場では、日朝関係の緊張緩和、日本の安全保障、日朝国交正常化、拉致問題の解決、北朝鮮の核ミサイル脅威の解消、日朝両国民の和解と協力には一歩も前進できない。安倍退陣後は新首相は、安倍政府の北朝鮮を憎む政策から離れ、小泉首相の日朝国交正常化政策にもどらなければならない。かって小泉首相は二度目の平壌訪問の行きと帰りに羽田空港で、「非正常な関係を正常な関係に、敵対関係を友好関係に、対立関係を協力関係に変えることが、両国の国益にかなう」と明言した。小泉首相のしたように、日朝国交正常化に向かってこそ拉致問題のさらなる解決は可能になるのである。

 小泉首相の平壌宣言から18年が経過した。北朝鮮は12年前に最初の核実験を行い、3年前に米国と深刻な戦争の危機に入った。そして危機を回避して、2018年には南北首脳会談、米朝首脳会談をおこない、平和プロセスに入ったとみえた。しかし、いまは米朝関係もいかなる進展もなく、南北関係さえ開城の連絡委員会ビルの爆破にみられるように険悪化している。こういうときだからこそ、日朝交渉を開き、国交正常化への歩みを再開することは、日本の過去清算のために必要であるだけでなく、日本の安全保障と東北アジアの平和のために必要である。拉致問題の解決にも必要なのだ。

 すでに田中均氏、石破茂氏は平壌、あるいは、平壌と東京に連絡事務所を開くことを提案している。いまは思い切って、無条件で国交を樹立し、平壌と東京に大使館をひらき、その上で経済協力問題、拉致問題、核ミサイル問題を三つのテーブルで同時に交渉するのが現実的だと考えられる。その程度の実利を北朝鮮にあたえなければ、日朝間の交渉も難しいだろう。無条件国交樹立にはオバマ米大統領の対キューバ外交の先例がある。オバマ氏は2014年12月、無条件で、制裁を維持したまま、キューバと国交樹立すると発表し、翌年7月国交回復を実現した。いまでは、隣国と国交をもっていないのは主要国では日本だけとなっている。オバマ大統領の決断をみならうべきときである。日朝国交樹立が実現すれば、文化交流も人道支援もただちに実行できる。文化交流の一環で、山田洋次監督の「寅さん」作品や宮崎駿監督のアニメ映画もみてもらいたいし、広島長崎の原爆被害展も開催も実現できると思う。

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