扶桑社版の中学校歴史教科書に関する声明と「誤り・問題点(近代・現代史部分)抜粋」





 日本の新しい中学校歴史教科書の検定が終わり、注目の扶桑社の教科書は検定をパスした。
 扶桑社が検定に提出した白表紙本は、西尾幹二氏ら「新しい歴史教科書をつくる会」の筆者たちの立場を十分に表現していた。それは、日本の過去の歴史を全的に美化することによって、日本人に自負心を与えようとする立場である。これは村山談話に表現された日本政府の立場、侵略・植民地支配がもたらした損害と苦痛に対して反省し、謝罪するという立場とあいいれない。
 検定調査審議会は、この白表紙本に137箇所の修正を要求し、「つくる会」の側はそのすべてを受け入れ、修正した。修正の中には、技術的なものもあったが、韓国併合、満州事変、日中戦争などについては、「つくる会」の立場と主張の基本にふれる点で、修正を受け入れざるを得なかった。このことは、「つくる会」の敗北である。そのかぎりで、村山談話と「近隣諸国条項」は守られたといえる。
 われわれは、2月27日の声明で、検定調査審議会に対して、「白表紙本に対する修正要求が十分なものであったか、提出された修正が形式だけのものになっていないか、今一度検討してほしい」と要望した。そして、検定調査審議会が検定合格の結論を出したあとでも、侵略と植民地支配を美化するような記述がなおのこっているのなら、政府の責任であくまでも再修正を要求すべきだと主張した。
 そのように主張した者として、わたしたちは、扶桑社本の検定合格版の近代、現代史部分をとりいそぎ検討してみた。あらためて、137箇所も修正要求を出されるような欠陥ある白表紙本は提出されるべきでなく、信念と知的誠実さを重んじる著者なら、申請を撤回するのが当然であったという印象をもった。修正のあとをみると、修正部分と修正しない部分とのアンバランスが生じて、全体として混乱した内容になり、欠陥の度合いが一層強まっているのである。そしてわたしたちは、検定官が見落とした事実の誤り、不適切な記述、組織が不適切な箇所など、問題点を多く発見した。
 政府は、検定終了後の再修正はありえないという態度をすでにくりかえし表明した。しかし、もとより事実の誤りがあれば、修正は当然になされるべきであろう。そこで、われわれは、扶桑社本検定合格版の問題点のうち、歴史観に関わりがなく、事実に関する誤りと問題点のみを51点指摘する。これを公表するとともに、文部科学大臣に送り、その検討を求めるものである。

  2001年4月25日

               荒井  信一 (茨城大学名誉教授)
               海野  福寿 (明治大学前教授)
               隅谷 三喜男 (東京大学名誉教授)
               高崎  宗司 (津田塾大学教授)
               水野  直樹 (京都大学教授)
               溝口  雄三 (大東文化大学教授)
               和田  春樹 (東京大学名誉教授)


扶桑社版中学歴史教科書の誤り・問題点(近代・現代史部分)抜粋

番号 教科書記述 意見
5 193 五箇条の御誓文を発した。そこでは、議会を設置し、公論・・・に基づいて政治を行うこと、・・・などがうたわれていた。これによって、・・・近代立憲国家として発展していく方向が切り開かれた。 「広ク会議ヲ興シ」を「議会を設置 」ととるのは誤りである。
7 200
201
征台の役 台湾征伐、台湾征服という含意をもつ「征台」という言葉を使うのは不適切、「台湾出兵」を使えばよい。
8 202 日本軍艦が朝鮮の江華島で測量をするなど示威行動をとったため、朝鮮の軍隊と交戦した。 日本の軍艦は朝鮮の西海岸を測量をしながら北上したのだが、江華島では測量はしていないから、誤り。
13 214 アジアで最初の近代憲法 誤り。アジアで最初の近代憲法は1876年にオスマン・トルコ帝国で公布されたミドハト憲法。
15 218 この日本に向けて大陸から 一本の腕が突き出ている。それが朝鮮半島だ。朝鮮 半島が日本に敵対的な大国の支配下に入れば、・・・日本は、自国の防衛が困難になると考えられていた。 前近代史にあっては、朝鮮半島は日本が大陸文化を吸収する乳房だったといえる。隣国の地理的形状を固定的に、日本を脅かす暴力的な「腕」と決めつけるのは不適切である。
20 223 日英条約の利点(小村意見書)・・・B英国と結ぶと清国はますます日本を信頼するようになり、平和の利益を増進する。 原文見だしは「清国ニ於ケル我邦ノ勢力ヲ増進スルコト」であり、内容も、清国は「一層深ク我邦ニ信頼スヘク、随ツテ同国ニ於ケル我利益ノ拡張、其他諸般ノ計画ヲ一層容易ニ行ハルルニ至ラン」である。史料の完全なる改竄。
21 224 ロシアは・・・朝鮮北部に軍事基地を建設した。 ロシアが龍岩浦を租借して、木材の伐採をはじめ、そこに警備隊をおくりこんだのを、日本側が極度に警戒したことをさすのだが、軍事基地の建設と断定しては誤り。
24 225 有色人種の国日本が、・・・白人帝国ロシアに勝ったことは、世界中の抑圧された民族に、独立への限りない希望を与えた。 日本が勝利したことは、ただちに朝鮮民族が独立をうしなう危機を意味した。この側面を無視するのは、一面的で、バランスを欠く。
27 240 日本の勝利に勇気づけられたアジアの国には、ナショナリズム・・・がおこった。それは、・・・中国や韓国のような近い国では、自国に勢力を拡大してくる日本への抵抗という形であらわれた。 前半と後半が矛盾している。韓国のナショナリズムは日本の勝利に勇気づけられておこったものではない。
28 242 韓国併合 韓国併合を日露戦争と切り離し、第5章「世界大戦の時代と日本」の中に入れたことは、組織が不適切である。第5章の扉には、太平洋戦争の開戦翌日の新聞がさしえに入っており、これでは、韓国併合が日本の米英との対決の中で必要とされた行為であったという印象が生まれかねない。
34 256 (関東大震災)。・・住民の自警団などが社会主義者や朝鮮人・中国人を殺害するという事件がおきた。 虐殺が住民だけの責任であるとするのは誤りである。社会主義者と中国人を殺害したのは警察や憲兵であり、朝鮮人の殺害は自警団と警察、軍隊がおこなった。
39 275 国民党と手を結んだ中国共産党は、政権をうばう戦略として、日本との戦争の長期化を方針としていた。 この主張を確証する証拠、文書があるのだろうか、疑わしい。
43 281 日本政府はこの戦争を大東亜戦争と命名した・・・。日本の戦争目的は、自存自衛とアジアを欧米の支配から解放し、そして、「大東亜共栄圏」を建設することであると宣言した。 日本政府が開戦にあたって出した詔書、勅語、政府声明には、日本の戦争目的が「アジアを欧米の支配から解放」することであるという文言はないから、誤り。
47 303 国民党は台湾人を弾圧し、3万人を殺害した。 これは1947年の「二・二八事件」をさすのであろうが、この事件の犠牲者の数は今日まで確実に知られていない。断定するのは誤りである。



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