私は2022年9月に上梓した著書『日朝交渉30年史』(ちくま新書)64-65頁において、次のように書いた。
「ここでもう一つの重要なプロセスがはじまる。二月四日、電波ニュース社の高世仁は、韓国で亡命北朝鮮機関員安明進を取材した。そのさい、高世は日本での横田めぐみ報道の記事を安にみせた。すると、安は平壌で横田めぐみをみたと言い出したのである。前年に石高{健次、朝日放送報道プロデューサー}に2回取材をうけたときには、安はそんなことは言っていなかったのに、である。この高世の安インタビューは二月八日にテレビ朝日で放映されたが、安を匿名で登場させた。安はこれまで何度も公衆に向かって話しているが、横田めぐみのことは話していなかったので、横田めぐみ拉致の話が報じられたあとに突然彼女を見たと言い出したのでは信頼されないと高世が考えたのであろう。結果的に、北からのがれてきた新しい亡命者が平壌で横田めぐみを見たと証言したということはめぐみさん拉致を決定的に確認するものとして受け取られた。安の証言の変化などに気を留める人はいなかった。」
この記述について、2025年9月4日付けで、高世仁氏の代理人の弁護士より、催告書が送られてきた。催告書は、和田が「安はこれまで何度も公衆に向かって話しているが、横田めぐみのことは話していなかったので、横田めぐみ拉致の話が報じられたあとに突然彼女を見たと言い出したのでは信頼されないと高世が考えたのであろう」と書いているのは、高世氏が「意図的に安明進を匿名にして、放送したとするものであり」、「ジャーナリストとしての{高世氏の}の名誉を著しく傷つけるものである」として、記述の取り消しと高世氏本人への謝罪を求めたものであった。高世氏はこの安明進のインタビューを四カ月前にもおこなっているが、その時も匿名で報道した、この時も安明進が匿名での報道を希望したので、それを受け入れたにすぎない、だから高世氏が「意図的に」匿名にして報道したと言うのは和田の誤りであるとの指摘がなされていた。催告書は、さらに「本件記述と同内容の文章を、今後、公表しないこと」も求めていた。
この催告書を受け取って、私は高世氏の判断についての私の推測が誤っていたことを知り、高世氏のジャーナリストとしての名誉を著しく傷つけたことを認め、高世氏に謝罪する気持ちになった。
私は、10月4日、高世仁氏に謝罪文をおくり、自らの判断の誤りをみとめ、高世氏のジャーナリストとしての名誉を著しく傷つけたことを謝罪し、誤った記述を取り消し、二度とそのようなことは書かないと誓うとお伝えした。申し訳ないかぎりだが、ちくま新書版はそのまま販売をつづけさせていただき、新しい版が出ることがあれば、誤った記述を削除することをお約束した。
さらに和田は、『日朝交渉30年史』を書く前に、日朝国交促進国民協会が主催した日朝交渉20年検証会議の第4回例会(2021年6月27日)で行った報告「1990年代の佐藤勝巳氏の思想と行動」においても、同趣旨の発言をしているので、それについても措置をとることにした。その発言は次のように和田春樹のホームページに活字化されて収録されてきた。
「ここでもう一つの重要なプロセスがはじまる。2月4日、電波ニュース社の高世仁は、安明進を取材した。そのさい、日本での横田めぐみ報道の記事を安にみせると、安は平壌で横田めぐみをみたと言いだしたのである。安が前年に石高に2回取材をうけたときには、そんなことは言っていなかったのである。この高世仁の安インタビューは2月8日にテレビ朝日で放映されたが、巧妙にも安を匿名で登場させたのである。北からのがれた未知の新しい亡命者本人が平壌で横田めぐみを見たと証言したということはめぐみさん拉致を決定的に確認するものとして受け取られた。」
ここでは「巧妙にも安を匿名で登場させた」と悪意のこもった表現がとられており、それだけ高世氏の名誉を深く傷つけていることが遺憾であった。そこで先の文章をただちに削除することにした。
以上のことを10月4日の謝罪文で和田は高世仁様にお伝えした。
その後、高世仁様から11月13日にお手紙をいただき、「今後、損害賠償請求等の訴訟を起こすつもりはありません」とのお言葉をいただいた。しかし、高世様は、その手紙の中で、和田が名誉毀損、誹謗中傷の深刻さについてどこまで理解しているか不明であるので、今一度説明するとして、お気持ちをご説明になり、とくに和田の誤まった誹謗中傷的な文章をふくむ書籍が本屋の店頭にいまなおならんでいるのに、和田の謝罪文は私信の形で高世様にのみ伝えられているにすぎないというのは不当な「非対称」であるとご指摘になった。
たしかに和田のホームページから問題の文章を削除したあとに、「2025年10月3日和田春樹の申し出により259文字削除」と書き込んだだけであるので、これでは何がどうなったのか、わからないという結果になっている。この事態をなんとか改めなければならない。私の謝罪、記述の取り消しを公にする方法はどうすればよいのか、考えた。
そこで、この度和田は、高世仁様から抗議をうけ、名誉棄損をおこなったことを謝罪し、可能な範囲で当該の記述を削除することにしたことを、私の文章を読んでいる関係者、とくに日朝国交交渉20年検証会議の参加者に対して信書をもって通告することにした。ご理解をお願いする。
この文書とこの文書の送り先を高世様にお伝えする次第である。